連帯ユニオン 近畿地方本部 関西地区生コン支部 近畿地区トラック支部 近畿セメント支部 労働相談-ホットライン
YouTube
「運動場明渡し裁判」最終報告集会

日時:2010年1月22日(金)午後6時開場 6時30分開会
開場:ライティーホール (大阪府立中央図書館内)
東大阪市荒本北1-2-1
にて上記の「運動場明渡し裁判」最終報告集会が行われました。
主催:『運動場明渡し裁判』弁護団・学校法人大阪朝鮮学園

〝大阪朝鮮高級学校(大阪朝鮮学園)『運動場明渡し裁判』最終報告集会〟が1月22日に大阪府立中央図書館内ホール(東大阪市荒本)で開催されました。この集会は、東大阪市から学園運動場の4分の1にあたる「土地の明け渡し」を求められた学園側と東大阪市行政側との和解が成立した事を受けての報告集会です。集会には在日コリアン、日本人問わず今回の問題について支援を表明する人々約350名が結集しました。

「ラグビーのまち」を標榜する東大阪市が、大阪朝鮮高級学校(以下、大阪朝鮮学園)側に「土地区画整理事業」を理由に運動場の4分の1を明け渡すように求めた大阪地方裁判所への突然の提訴(2007年1月)から3年が経過。この度(09年12月)の「勝利的和解」を受けて「民族教育」に対するさらなる支援の輪を拡げるためにと今回の集会が催されました。
この間の「運動場明け渡し」裁判騒動をものともせず、大阪朝鮮学園ラグビー部は先に行われた全国高校ラグビー選手権で、お膝元の東大阪・花園を舞台に大阪代表として闘いました。そして、全国3位という輝かしい成績を納めた事は同校生徒、関係者はもちろん、大阪府民に勇気と感動を与えてくれました。
同校は多民族・多文化共生の街づくりをかかげ、「ラグビーのまち」を標榜する東大阪市において、ラグビー、サッカー、ボクシング等のクラブ活動の活躍は全国的に有名であり、大阪朝鮮学園は東大阪市の宝と言えます。日本国内にある単独の「朝鮮高級学校」は、他に「神戸朝鮮高級学校」があります。こちらもサッカー・ラグビー・ボクシングなどのクラブ活動で有力な学校のひとつです。
各「朝鮮高級学校」では、日本の高等学校に相当する教育を行っていますが、学校教育法における非一条校(学校教育法第134条に基づいて、「学校教育法の第1条に規定される学校【1条校】」以外で、学校教育に類する教育を行うもので、所定の要件を満たす教育施設のこと)であるために各種学校(各種専門学校、予備校、自動車教習所など)扱いとなっています。

大阪朝鮮学園の土地は、もともと学園側が1965年に学校用地として購入したものですが、1970年に東大阪市が決定した都市計画事業によって、その土地の一部が「減歩(げんぶ=土地区画整理事業の前後で、その対象枠内の宅地所有者の土地が減少すること)」されることとなりました。学園側は、この土地が教育・学校施設であり、同校生徒の生活の一部としてすでに活用されていることなどから、簡単に市側に譲歩することは出来ませんでした。この後、朝鮮学園と東大阪市で土地問題に関する協議が重ねられ、1972年には、
①減歩は土地等でおこなう。
②教育施設の有益性の立場を考慮して、双方協議の上履行する。

とする「覚書」が交わされました。これ以降交渉が重ねられ、1986年には学園側が東大阪市に対して金銭解決の方向を申し出たものの折り合いがつかず、東大阪市は一方的に協議を打ち切り、1995年に「市有地明け渡し」を通知してきました。その後、何度か交渉は持たれたものの、1998年からは議論が暗礁に乗り上げ、その結果、東大阪市は提訴に乗り出しました。東大阪市が所有権を主張しているのは、朝鮮学園の運動場のほぼ4分の1にあたる約600坪(約2000平方メートル)です。

■経緯
1965年2月15日 「朝鮮学園」が土地を購入
1972年5月15日  東大阪都市計画事業中部土地区画整理事業告示
1972年5月16日  区画整理事務所と「朝鮮学園」の間で「覚書」交換
1973年8月18日  校舎建築、運動場使用開始
1976年12月    区画整理事務所が仮交換地指定
1974年~1984年  区画整理事務所と「朝鮮学園」との交渉(7回)
1986年      「朝鮮学園」が運動場の土地問題をお金で解決する方向を提議
1986年~1990年  区画整理事務所と「朝鮮学園」との交渉
1991年7月    区画整理事務所が「朝鮮学園」に対して道路工事、水路工事に対する承認を要望、協議の上、合意
1992年      道路工事 、水路工事実施
1995年1月27日  区画整理事務所が換地処分
1995年7月20日  換地処分による「清算金」通知
1995年9月5日  市有地明け渡しの通知
1995年9月6日  区画整理事務所と「朝鮮学園」の交渉
1995年10月31日 「清算金」受取拒否(供託金として東大阪市に預ける)
1996年4月    区画整理事務所解散、東大阪市に業務移管(建設局)
1997年3月13日 東大阪市から交渉依頼(1997年交渉3回)
1998年~2005年 東大阪市からの交渉依頼無し
2005年11月18日 東大阪市からの申し入れ(市有地の買取等)
2006年3月5日  産経新聞に記事掲載
2006年~     東大阪市と朝鮮学園との交渉(5回)
2006年6月    東大阪市側が、本件を裁判に委ねる旨通知
(東大阪市による提訴の内容)
①当該土地の明け渡し、ブロック塀、防球ネット等の撤去
②損害金として、約7千8百万円等の支払い
③平成19年1月1日から土地の明け渡し完了日まで、月約47万円の 支払い
④起訴費用の負担
2007年1月31日 東大阪市側、「当該土地の明け渡し等」を求めて大阪地裁に提訴

この間、国籍を問わず多くの市民・府民が朝鮮学園を支援、約4万人の署名が集まりました。市民団体も地裁に円満解決を求める陳述書を提出するなどして支援の輪が広がっていきました。そして2009年10月、地裁は東大阪市が土地を1億4600万円で学園側に売却するなどの和解案を提示し、同年1月に合意に至りました。
バブル期には最大約20億円の値が付いた土地を〝格安〟で買い取る事ができ、「勝利的和解」としていますが、本来は学校側が65年に買い取った土地です。また、学校側は買取の為に銀行から借入をする事になり、その「支払い」という課題も残っています。そして、一連の土地明け渡し問題の本質には「民族差別」問題が根底にあると言えます。

問題の本質とポイント
●すべての子ども達の「学習権」にかかわる問題
朝鮮学園は現在地で30年以上にわたり学校を運営し、当該土地を運動場として使用してきた。もし、市側の提訴通り運動場の一部を明け渡す事になった場合、学園の教育環境は著しく悪化し従来通りの教育活動は望めなくなる。子ども達の学習の場を奪うばかりではなく、彼等の基本的な学習権までも侵害する事になる。

●民族教育の有益性と教育権の問題
朝鮮学園は半世紀にわたり東大阪市において「民族教育」を施し、これまでに1万3千 余名もの卒業生を排出し地域社会の発展に大きく寄与してきた。サッカー、ラグビー、 ボクシング部などは「全国大会」の常連校として有名で、特に「高校ラグビーの聖地・ 花園」の振興に力を注ぐ東大阪市に多大な貢献をしてきたばかりではなく、2010年1月に開催された「第89回全国高校ラグビーフットボール大会」において全国3位という輝かしい成績を納めている。年間を通じて国内外から多くの方々が学校を訪問しており、東大阪市の国際交流と多文化共生社会の実現に大きな役割を果たしている。東大阪 市が朝鮮学園を学校(教育施設)として処遇し「民族教育」の有益性を認めるかどうかという問題が本件の本質である。

●大阪朝鮮高級学校を「学校」として認めているのかどうかという問題
「学校」の運動場を一般の土地と同じ割合で減歩対象用地とするのは「公共の福祉増進」に資するという土地区画整理事業の目的と趣旨に反するのではないか。

●憲法14条1項「法の上での平等」の原則に反する問題
同じ土地区画整理事業が告示された朝鮮学園と同区域内にある「英田中学校」と朝鮮学園との「減歩率」に大きな開き(約4倍強)があり、その扱いに大きな差別があった事が判明している。

学園側弁護団は主にこれらの主張を掲げて裁判を闘い、市側と話し合いを行いました。

 

「民族差別」問題は近年、『在日特権を許さない市民の会(在特会)』等のグループの活動によって更にクローズアップされています。また、彼ら『在特会』の活動で直接的被害を受けた民族学校もあります。
2009年12月4日午後1時頃、京都市南区にある「京都朝鮮第一初級学校」校門前において、授業中にも関わらず『在特会』等のグループ数名が朝鮮民族に対する差別的罵声を拡声器を使って行い、約1時間にわたって同校に向かって大音量で浴びせ続けるという事件がありました。その際、門前に集まって門を開ける事をくり返し求めたり、公園にあったスピーカーの線を切断するなどの行為も行われました。『在特会』グループが拡声器を使用して浴びせ続けた差別的罵声は、批判的言論として許される範囲を越えて、国籍や民族による差別の助長・扇動に該当するものであり、このような脅迫的言動はいかなる理由があっても許されるものではありません。在日コリアンの子ども達の自由と安全を脅かし、教育を受ける権利を侵害するものです。
これらの嫌がらせや脅迫的言動は朝鮮学校に通う児童やその家族、学校関係者に不安と恐怖を生み出しています。同校幼稚舎に通う、まだ幼い子ども達の心にトラウマ(心的外傷)としていつまでも残ってしまう事が心配されます。
京都弁護士会は「当会は国際人権法に基づく責務として、各機関に対して、国籍や民族が異なっても、何人も差別を受けることなく安全・平穏に生活し、教育を受ける権利を保障し、そのための方策を講じ、実現することを要請する」「今後、国籍や民族の異なる人々が共生する社会の実現に向けて、いっそう積極的に取り組む決意である」と、2010年1月19日に声明を発表しています。

集会では、上記までの経緯報告が簡単に行われました。
学園側として学校法人大阪朝鮮学園 辛正学理事長は「裁判の円満解決を皆様にご報告します。3年前の東大阪市の提訴以降、生徒達は不安な日々を過ごしました。安心できる環境が取り戻せたこと、差別的本質を正せた事を弁護団と皆様に感謝し、お礼申し上げます」と挨拶。
弁護団は上記の経緯を報告し、丹羽雅雄 弁護団団長は「09年11月20日、東大阪市と勝利的和解に達しました。昨日(1月21日)一切の決済が行われた事をご報告します。今回の裁判では、まず生徒達の運動場が守れた事が一番です。和解は新たな民族教育の発展に繋がるものと思います」と報告がなされました。
弁護団のお一人で同校卒業生である金英哲弁護士は、「弁護士になって直後にこの裁判に関わりました。最初に感じた事は、多くの日本人の方々が学校のために頑張ってくださっている事で、非常に勇気を貰いました。正式な弁護士になる前、在日の弁護士がこの裁判に関わっておらず、寂しい思いをしていました。それで私が参加させていただきました。裁判途中で弁護士になりたての私は、何も出来ないのではないかと思っていましたが、新しい方向で強い主張を作ろうと思い、区画整備自体に差別がある事をつきとめ、行政処分無効の組み立てを作りました。結論的には成功し、和解案でも裁判

官が差別があった事を認めました。皆さんの力をお借りして成立しました。母校を守れた事が一番嬉しいです。後輩達が校庭で走って転んで、また全国大会に出てくれたら嬉しいです」と述べました。
続いて同校ラグビー部 呉泰成主将が、「なぜ運動場が使えなくなるのか?僕達には分かりませんでした。試合場に掲げられた〝朝校ラグビー部ガンバレ〟という横断幕に励まされ、一生懸命に練習して試合にのぞみました。署名活動にも参加してアピールを行いました。そして、この裁判は〝負けない〟と確信しました。昨年の解決で不安から解放され、練習に励んだ僕達は2年ぶり4度目の全国大会出場を果たしました。全力で闘い、3位と実力以上の結果が残せました。在日コリアンとして誇りを持って皆さんと共に生きていきたい。暖かいご声援御願いします」と挨拶をしました。
ここで、弁護団からラグビー部に3位の記念品を贈呈。会場は暖かい拍手に包まれました。
連帯挨拶として枝川裁判弁護団の師岡康子さんが枝川(朝鮮高校)裁判の概要報告と大阪朝鮮学園への祝辞が語られたのち、かけはし信勝 大阪府会議員からラグビー部の功績を称える挨拶と〝非一条校〟差別の問題提起がありました。
続いて、連帯挨拶として「東大阪の朝鮮学校を支援する市民の会」事務局長 杉山毅氏、「中大阪朝鮮初級学校とともに歩む会」共同代表 富田毅氏、「城北ハッキョを支える会」代表 大村 淳氏、「西大阪アプロハムケ」副代表 伊関 要氏、「北大阪朝鮮初中級学校を支える会」代表 永野 仁氏らが順番に挨拶。連帯挨拶の結びとして「チョソンハッキョを楽しく支える生野の会」代表 長崎由美子さんは、「今回の勝利的和解成立を本当に嬉しく思います。ここに居る皆さん1人1人の成果です。民族教育はただ言葉を教え、押し付ける事ではありません。各地域の朝鮮学校で自信と誇りを持つ民族教育が行われているのは皆さんのおかげです。生野区の朝鮮学校で公開授業を定期的に行っていますが、児童達は誰にも元気よく挨拶をし、整然と楽しく授業を受けています。見学された日本人の方々から口々に〝良かった、昔の学校を思い出す〟と言われます。この様な民族学校をこれからも守っていきたい。日本人も皆さんも一緒に〝アプロハムケ!〟頑張りましょう」と挨拶しました。

最後に前出の丹羽弁護団団長が再度、裁判内容を次のように報告。
「東大阪市の提訴内容は運動場の4分の1を無くして市に返せというもので、10年間の無断使用等で9500万円支払えという裁判でした。法的には(勝ち目がない為に)どう闘うか、悩みました。最初の裁判官は学校側は何も言えまいという姿勢でした。我々は法の中で考えてはならないと悩み、原点に帰ろうと話し合いました。そして、これは単なる行政の土地を返せという裁判ではなく①教育の権利、教育の施設の問題である。②元々、公立高校を生み出すために公共事業がある。なぜ宅地並に取り上げようとするのか。ボタンのかけ方を元に戻す。③歴史を認識せよ。日本国家と社会の責任である。④国際人権法上の問題。民族的マイノリティ権利。どの民族も母国語で学ぶ権利があり、国際制度的には民族学校を保証しなければならない。その様な視点を裁判官に訴えました。この3年間、学園生徒を守り抜く気持ちを強く持ち続けました。区画整理事業に伴う土地の減歩率ですが、公立高校は3.4%で朝高が14%というのはおかしい。裁判的には難しいものでしたが、公益上の理由と学習権を話し合った結果、裁判官は〝私見〟としてこちらを擁護する文章を出しました。和解勧告が裁判所から出て、和解案を市側と重ねましたが、運動場買取のこちらの提示額は先方と1億円の差がありました。互いに譲歩を重ね、減額を勝ちとり、最終的に妥結に至りましたが、支払いの問題がありました。学校側にとって決して小さな額ではありませんから、寄付に頼る事にもなりますが、学園に対する寄付には免税措置はありません。大きな課題が残ります。しかし、まずは学べる環境が残せた事にひと案心で最悪は逃れたと思っています。当面、借金を返す事。滞納すると市に帰さないといけない。本質的マイノリティ問題に日本の常識ある人がどう対応するかが問われます。非公立校にも税的支えを保証することが、多くの外国人の新しい社会を創る事になります。これで大阪朝鮮学園の弁護団は解散しますが、これからもこの問題に関わっていきたいです」

最後に大きな拍手で弁護団と学園・生徒達を称えて集会は終結しました。


当日写真
「運動場明渡し裁判」最終報告集会 「運動場明渡し裁判」最終報告集会
「運動場明渡し裁判」最終報告集会 「運動場明渡し裁判」最終報告集会

連帯ユニオン議員ネット