ビバ・キューバ報告
今年、「革命50周年」を迎えた労働者の国キューバ共和国(人口:約1200万人 面積:本州の2分の1)に、私含め3人は全労協結成20周年事業の訪問団の一員(1月24日(土)~2月1日(日))として、参加した。
キューバ共和国訪問レポート後編では、「労組の役割と3人の共同生活」を中心に紹介。片道4度も飛行機を乗り継ぎ、まる2日かけて訪れたキューバ。二度とできない価値ある経験を報告する。
今回は、キューバ社会主義での労組の役割と我々3名の共同生活を紹介します。まず、我々が首都ハバナのCTC(キューバ労働組合センター)本部やサンタクララ、トリニダー、ロスインヘニオスなど各CTCやICAP(諸国民友好協会)を表敬訪問するなか、社会主義に於ける労組の役割や影響力がどのようなものなのか質問しました。キューバは14の行政地域(県)と特別行政地域(イスラ・デラ・フベントゥ)に分かれていて、各地域には19の産別労組が連携を図り組織機能を果たしています。労組は、国の政策である教育と医療の2本柱とは別に、
①キューバ革命を守り、社会のネガティブ部分を是正し労働者を守る
②各産業の生産性を高める、の2点を重要課題にしています。
特に②は「経済がよくなれば賃金も上がる」という考え方のもとで、いかに生産性を高めるかを、産別
19労組と国(福祉省、労働省)が政策を協議し、決定した方針を年2回(5月、12月)点検して、出来高に応じて産別労組に予算分配し、賃金・労働条件を決定していくというものです。賃金や労働条件は産業別に違い、最低賃金や一時金(賞与)も違います。悲しいことではありますが、「日本と同じ輸送業種の労働者の条件は下がる傾向にある」と、輸送産別の委員長が語っていました。労働者の国キューバの地域組織率は平均
98
.8?
99
%。未組織労働者は各区約300人ですが、賃金・条件は同じです。さらに軍隊の行動予算も労組に報告する義務があるなど、全ての分野に労組が関与しており、強くその影響力を感じました。
さて、キューバは野球王国です。町の空き地で棒を片手にボールを追っかける野球少年は非常に多く、公園では何百人もの大人が熱心に野球談義をして
います。人々の野球に対する情熱を強く感じました。住宅は国民全員が持ち家に住んでいます。革命後自分の家に住む権利が保障されているからです。国から家を購入し、年収の10%を支払うだけで、残りは国が負担してくれるとのことです。
話は変わって、私の3人の共同生活について報告します。
生コン支部執行部の中でも戦闘的階級性を堅持している執行委員は、革命戦士ゲバラの大ファンであり、空き時間を見つけては、お土産にゲバラグッズを「大人買い」していました。当初、通訳も困った意味不明なスペイン語を話していましたが、娘さんの電子手帳を片手に真面目にスペイン語を勉強、滞在4日目からはキューバ人がわかる、通訳なしの日常会話が出来るようになりました。さすがです。また、キューバで感動したことがあります。それはカリブ海の美しさと星の輝きです。星に関しては格別のものがありました。キューバでは都心を少し離れると街の灯りや車の姿が見られません。夜空を見あげると一面「星だらけ」の世界になり、夜中の2時を過ぎると月も隠れ真っ暗闇のなかで星だけが大きく近く感じ、鳥肌が立ち怖くなる思いをします。でもこれは実に贅沢なことなのです。そしてキューバと言えばラム酒(キューバではロンという)。我々3人はめっきりラム酒にはまり込み、毎晩部屋で他労組のメンバーとキューバ談義に明け暮れ、睡眠不足が常態化するほどよく呑みよく語りました。
最後に、農畜産物の自由化や一部市場の自由化という開放路線を選択したキューバでは、今後、産業別に更なる格差が生まれるのは必至です。これでは革命当初の理想からかけ離れることになってしまいます。私はこの国の労働者や社会主義体制を守る一番の近道は協同組合運動だと考え、質問しました。しかし説明が不十分なのか、通訳が理解できないのか、いずれにしても印象として、今のところはその選択肢が無いように思えたのは非常に残念でした。
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