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10月31日に大阪高裁で大江・岩波沖縄裁判の控訴審判決が言い渡された。当日は、13時過ぎから65席の傍聴券を求めて300名余りが並んだ。

判決は、14時から原告梅澤・赤松氏に対して控訴棄却が言い渡され、大江・岩波書店側の勝利となった。
 
 
■  15時からエル大阪で大江・岩波沖縄裁判を支援している3団体の共同記者会見を開催し、判決への報告を行った。
(「沖縄戦裁判大阪高裁判決」についての三団体共同声明


■  18時から同じエル大阪で判決報告集会を開催。
会場には、150名を超える参加者で溢れた。弁護団からは、裁判官は、証拠についての評価も細かく見ていたこと。とくに家永三郎さんの「太平洋戦争」と大江健三郎さんの「沖縄ノート」が、原告である梅澤、赤松氏の名誉と社会的評価を下げたとは言えないこと。高度な公共の利益と公益性を阻害していないこと。「集団自決」について日本軍の強制、命令が全体的にあったと信じられること。しかし、梅澤、赤松両名の命令があったかどうかの証明はできないとしたこと。そして、原告側が控訴審で提出した証拠については、信用できないとし、採用しなかったこと。高裁判決で新たに、日本国憲法が保障する言論表現の自由を最大限に尊重することが民主主義社会の基盤であるという立場から、出版差し止めが成立するための条件を明確にし、それにもとづいて出版差し止め請求を棄却したことである、と報告された。

会場で、ドイツに出張している大江健三郎さんのメッセージを読み上げた

高裁判決についてのコメント
     大 江 健三郎

ベルリン自由大学での講義のためにベルリンに滞在しており、判決を直接聞くことができませんでした。いま、私たちの主張が認められたことを喜びます。

私が38年前にこの『沖縄ノート』を書いたのは、日本の近代化の歴史において、沖縄の人々が荷わされた多様な犠牲を認識し、その責任をあきらかに自覚するために、でした。沖縄戦で渡嘉敷島・座間味島で七百人の島民が、軍の関与によって(私はそれを、次つぎに示された新しい証言をつうじて限りなく強制に近い関与と考えています)集団死をとげたことは、沖縄の人々の犠牲の典型です。それを本土の私らはよく記憶しているか、それを自分をふくめ同時代の日本人に問いかける仕方で、私はこの本を書きました。

私のこの裁判に向けての基本態度は、いまも読み続けられている『沖縄ノート』を守る、という一作家のねがいです。原告側は、裁判の政治的目的を明言しています。それは「国に殉ずる死」「美しい尊厳死」と、この悲惨な犠牲を言いくるめ、ナショナルな氣運を復興させることです。

私はそれと戦うことを、もう残り少ない人生の時、また作家としての仕事の、中心におく所存です。

   岩波書店の岡本さんからは、この裁判の背景には政治的な狙いがあり、沖縄戦の真実をひっくり返えそうとしたことである。これが沖縄の人たちの怒りを買い大きなうねりとなった。 弁護団の努力もすざましいものがあつた。民主主義社会では、言論の自由が大切である。 加害者であるべき日本軍に対して、いつのまにか沖縄の人たちが加害者となり、日本軍が被害者のごとく描こうとする。こんなことを許してはならないとした。その後、「高裁判決の意義」について平良宗潤沖縄県歴史協委員長から、「母の残したもの」の著者・宮城晴美さんから講演を受けた。

今後の取り組みについて、原告側の動向によって最高裁に向けた署名活動に取り組むことを確認した。11月11日に原告側が上告したので、最高裁に向けて「大江・岩波沖縄裁判」の第2審判決(大阪高裁)を維持し、控訴棄却の判決を求める署名に取り組む。

連帯ユニオン議員ネット