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他人の痛みは我が痛みの精神で、労働運動に取り組んでいます。 働く人々の労働条件の向上を目指して、日々活動しています。

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NPOMOAベトナム訪問団に参加して

JANUARY 26th, 2017

1年振りのホーチミン市へ
2016年12月20日~24日までベトナム共和国・ホーチミン市などを12名の団で訪問しました。今回の目的は、ホーチミン市から南に約200キロ離れたコンダオ島に行き、フランス占領時代からベトナム戦争勝利までの間、民族解放運動で闘った「政治犯」を投獄した刑務所跡を見学して、「政治犯」が様々な拷問や重労働を強制され命を奪われていったのか歴史を学ぶことでした。そして、ホーチミン市・ツーヅー病院で枯れ葉剤被害によって障がいを負った子どもたちが生活する平和村を訪ね交流をすることです。

12月20日にベトナム航空で関西空港を10時過ぎに発ち、14時50分(現地と時差2時間)にタン・ソン・ニャット空港に到着しました。ホーチミン市の人口は約1000万人で、ちょうどクリスマス前だったので市内は大渋滞でした。街を走るバイクは年を追うごとに増えており300万台を超えているようです。ホテルには1時間余り掛かって到着しました。

政治犯が収監されたコンダオ島を訪問
21日は、早朝7時にホテルを出発、国内線でコンダオ島まで1時間のフライトでした。 1日4便しか飛んでいません。

11時頃には到着して、早速歴史記念館を見学しコンダオ島の歴史について学びました。元々は、クメール王朝がメコン川流域を支配しており島も影響を受けた遺跡が発掘されています。
記念館内には、「政治犯」としてコンダオ島で亡くなった人たち約2千名余りの名前が刻まれたプレートが壁に掛けられていました。
「政治犯」で投獄された人数は20万人に上り、そのうち亡くなったのが2万人で名前が判明したのが2千人と、ほとんどの人が不明のままです。

コンダオ諸島  フートウオン刑務所(tr?i Phu Phong)—Wikipedia & Goole

プレート
亡くなった人たち約2千名余りの名前が刻まれたプレート

刑務所は島内に10カ所ありましたが風化が激しく見学出来るのは3カ所で、一番大きい「フートウオン収容所」を最初に見学。ここには、フランス占領時代に建造された「フレンチタイガーゲージ」(フランス型トラの檻)がありました。トラの檻は、天井が鉄格子の柵で造られており、監視はその鉄格子の上からします。「政治犯」が抵抗したりすると上から石灰と水を混ぜたものを柄杓で撒き「政治犯」は化学反応を起こした石灰を被り熱でやけどするという拷問を加えられていました。また、暴れないように鉄の棒で作った足枷を「政治犯」に行い自由を奪って抵抗する気力を失わせたり、それでも抵抗する人は拷問部屋に入れて棍棒で気を失うまで叩いたようです。この「政治犯」に対する生き地獄の様相をマネキンを使い再現していました。夜は、国営の共同墓地へ献花に行きました。

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当時を再現

翌日は、朝食のあとマーケットを見学、ホテルから徒歩で20分のところにあり、道路はバイクや車が時折走るくらいでノンビリしています。マーケットには朝水揚げされた新鮮な魚や海老など、畑で取れた野菜や果物が所狭しと並べていました。11時半には一旦閉店して午後3時以降に再開します。その時は、午後に水揚げされた魚類などが露店に並べられます。

フリータイムを活かして島西部にある政治犯が脱獄して海岸から逃れた場所を見学。 ここは、サメがよく出没するところで、逃げおせない時はサメの餌食になることも。
昼食を済ませてから夕方の飛行機でホーチミン市に戻りました。

ツーヅー病院の平和村と被害者支援協会を訪問

23日は、午前にホーチミン市にある産婦人科専門のツーヅ病院平和村を表敬訪問しました。担当者が代わったとドクくんから連絡がありましたが、出迎えていただいた医師はこれまで何度もお目にかかっていた方々でした。
IFの会議室で病院側からツーヅー病院の沿革をビデオを交えて説明を受け、訪問団から支援カンパの贈呈を行いました。お土産は、日本の扇子飾りをお渡ししました。
その後、3Fの上がり枯れ葉剤被害で障がいを受けている子どもたちと交流しました。
1年振りに会った子どもの成長した姿に感動。その中からパラリンピックに出場する人も出ています。

午後は、ホーチミン市枯れ葉剤被害者支援協会を訪問、ツーヅ病院平和村の前村長であったタン副理事長と面会しました。私たちが来るのを待ちわびたのが玄関まで出迎えに来ていただきました。
タン副理事長から、枯れ葉剤被害者支援施設をホーチミン市郊外に土地を確保して建設中だと説明を受けました。収容人数は500名で被害者の治療施設と家族が暮らせる宿泊施設も併設するとのことでした。3月に日本を訪問するので、大阪で再会しましょうと約束しました。

 

ホーチミン市友好連合会と懇談

24日は、午前中ホーチミン市友好連合委員会を訪問し、タイン会長、グウエト事務局長らと懇談しました。タイン会長は80才を超えていますが流ちょうな日本語で会話され私たちを和ませました。タイン会長は、ベトナム戦争当時に日本を訪問して支援を要請したことがあると言われていました。私たちが、枯れ葉剤被害者支援を21年間続けていることを報告すると感謝されました。

午後は、メコン川のカンゾーを訪問、途中でフェリーに乗って川を渡り見学場所に到着。ボートに乗り換えてメコン川支流を20分近く行くと川岸にオオコウモリの営巣がありマングロープの森の中で鳴き声が聞けましたが姿は見えずでした。もう1カ所はワニの養殖場を見学。魚を餌にワニに与えるときワニがジャンプして餌に飛びつく姿は圧巻でした。

夜は、タン副理事長の両親と夕食会をして10年振りの再会を喜び合いました。ドクくんの家族も同席して、クリスマスイブに相応しいパーティーとなりました。
タンさんの父親は、コンダオ島に政治犯として収監された経験があり、10年前にお話を聞いて今回のコンダオ島訪問となりました。いま80才を超えても元気に暮らし、経験談を一冊の本にして出版したとのことでした。

私たちは、レストラン前で記念写真を撮り再会を約束して空港へ向かいました。
25日午前0時過ぎ発の関西空港行きで帰国の途につき、関西空港に7時到着しました。
今回は、NPOMOA訪問団としてコンダオ島を訪問する目的を果たしたこと、ツーヅー病院との関係も継続出来たことの成果を上げたことです。
引き続き、ベトナム枯れ葉剤被害者支援を継続していきます。

 

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