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『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』を読み解こう! シリーズ ③

対米従属路線つくった昭和天皇と側近たち

MARCH  24th, 2017

日本の軍事・外交面での徹底した対米従属路線をつくったのは昭和天皇とその側近グループだった。日本人から圧倒的に支持されていた天皇制と、人類史上最大の攻撃力を持つようになった米軍が強く結びつく形で「戦後日本」の国家権力構造がつくられた。


帰還困難区域
米国戦艦ミズーリ号にて、署名するのが重光全権(外務大臣)

米国の日本占領の目的は二つ

米国の日本占領の目的は二つ。一つは日本を「二度と自分たちに刃向かう可能性がない国」に改造することであり、もう一つは日本を「民主的な国」に改造することだった。

占領にあたり、天皇をどのように扱うかは早い時期から米国政府の最大の関心事になっていた。開戦翌年には米国務省内で「天皇問題」の検討が始まり、様々なレポートが作成された。この時期、エドウィン・O・ライシャワー(のちの駐日大使)は「昭和天皇を中心とした傀儡政権をつくれば米国の国益にかなう」と進言している。

天皇を利用した日本統治の試みは敗戦直後に開始された。マニラにいたマッカーサーのもとに呼びつけられた日本側軍使が1945年8月21日に英語で書かれた三つの文書(降伏文書・一般命令第1号・天皇の布告文)を持ち帰った。

同年9月2日、GHQの指示通り昭和天皇は布告文を発表。いわゆる玉音放送(「終戦の詔書」)とこの布告文によって日本軍の武装解除は驚くほど順調に進んだ。米国による日本占領は、英文で書かれた布告を日本側が翻訳し、昭和天皇が発表することでスタートした。

敗戦翌年の1月1日には昭和天皇が人間宣言を発表する。その前年、1945年12月15日にGHQは「国家神道廃止令」を発表。彼らは戦前の日本を天皇崇拝と軍国主義が一体となった狂信的軍事国家だと考え、国家が神道にかかわることを全面的に禁止する命令を出した。しかし、そこには「天皇は神ではない」との文言を入れることができなかったので、天皇自身に言わせようと計画した。

日本人の歴史観を決定づけた「人間宣言」
こうしてGHQが作成した人間宣言の草案に対し、日本側は、昭和天皇自身の判断で冒頭に「五箇条の御誓文」を加えて発表した。五箇条の御誓文とは、慶應4年(明治元年)に出された「広く会議を興し、万機公論に決すべし」という明治政府の基本方針だ。昭和天皇は「これが日本の民主主義の起源である」との文言を人間宣言の冒頭につけた。昭和天皇は人間宣言を「日本は明治時代から民主的な立憲君主制だった。戦争になったのは一時的に軍部が暴走したからであり、今後は天皇のもとで以前の体制に戻り、世界の民主勢力と力を合わせれば必ず復興する」との前向きなメッセージにつくり変えた。
敗戦後もなお天皇制が、そして天皇制日本が、再び繁栄し存続していくためには天皇が神であることを否定するだけではなく、「昭和初期だけが突然変異的な時代だった」とする歴史観が不可欠だったのだ。

人間宣言が出された翌月、日本全国への「天皇巡幸」が開始される。「平和と民主主義のシンボルとしての天皇」というシナリオのもと、「マッカーサーの権力」と「昭和天皇の権威」という両輪で占領統治が進んでいった。昭和天皇自身はその実態、GHQからの指示という現実を知りながら「美しいフィクション(虚構)」をつくった。これが占領期と、その後の日本の戦後体制全体を貫く基本構造になった。

 

 5つのポイント

1 「戦後日本」の軍事・外交面での対米従属路線をつくったのは昭和天皇と側近グループだった。
2 米国の日本占領の目的は、日本を「自分たちに刃向かうことがない国」「民主的な国」に改造することだった。
3 米国による日本占領は、英文で書かれた布告を日本側が翻訳し、昭和天皇が発表することでスタートした。
4 人間宣言の草案に昭和天皇が「五箇条の御誓文」を追加。「昭和初期だけが突然変異」との歴史観が必要だったから。
5 昭和天皇は占領の実態、GHQからの指示という現実を知りながら、「美しいフィクション(虚構)」をつくった。


シリーズ④へと続く
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